元々は精神科医療に興味があったとうかがいましたが。
精神科医療といっても高校生時代の話です。10代の多感な時期に、宗教や哲学、倫理学といった人文科学や精神世界に共通の興味をもつ友人たちがいたこともあって、医学部に行くのであれば精神科を学んでみたいという気持ちで大学受験を迎えました。
周産期医療を目指される決断はどういうご経験からでしょうか。
大学1年のカリキュラムに、ポリクリの練習のような期間が設けられていて、そこで小児科を回りました。もっとも、私自身が小児科を望んだわけではなく、名前順で割り振られただけなのですが(笑)、それでもNICUを見学し、周産期エリアにも触れられたことや、のちのポリクリでお産に立ち会うことができて周産期医療への思いが強くなりました。
湯川先生の専門分野である「新生児医療」ですが、小児科医療との大きな違いはどこにあるのでしょうか。
分かりやすくいうと、大人の生活習慣病を専ら診ている内科医が小さなお子さんに対応するのは難しいのと同様に、一般の小児科医が超低出生体重児や呼吸障害の子をNICUで管理するのは困難だと感じています。同じ内科的領域であっても、ハイリスクの新生児患者さんに対する臨床手技やケアは明らかに違います。
横浜市立大学附属市民総合医療センターでのNICUの勤務経験は、先生の医師人生にどんな影響を与えたのでしょうか。
受けた影響はかなり大きいと感じています。当時のNICUはEBM重視の医療を確立しようとする過渡期で、EBMのデータを積極的に集積しようという施設がある一方で、職人肌のような暗黙知から、「この場合は、ここにこう手を入れればよくなる」という手技を叩き込む風潮が残っていました。私の在籍していた小児総合医療センターは、公然とした職人肌の施設で、部長からとても厳しい指導を受けたことを覚えています。我々若手医師が一晩中必死で患者さんを支え、なんとかつないだと思ったところへ朝一番に部長が出勤すると、サッと患者さんに触れただけで診療が終わるのです。症例数も含め、そうしたエビデンスを超えたベテラン医師の知見を目の当たりにするなど、小児総合医療センターでの研鑽は貴重な経験となりました。
「PASSOクリニック」を開設されるまで院長として湯川先生が勤務されてきた同じ豊中市の「じきはらこどもクリニック」ですが、ウェブで検索すると、医療サービスの質の高さが利用者に大変な評判になっていました。そうした体制や風土は湯川先生が構築されてきたのでしょうか。
患者さんに気持ちよく受診いただく診療体制の基本は前院長が作られたもので、かなりしっかりとしたベースが定着していて、後任を拝命した私としてはとても診療しやすい環境が整っていたと感じます。私の性分としては現場に細々と指示するよりも、スタッフ個々の自主性を重んじたいと考えていましたし、看護師も十分なスキルをもっていましたので、自分たちで考えて行動するように促してきました。実際に3年を待たず患者さんのためにどういうサービスに心がけるべきかの話し合いを自主的に行い、改善に心がける風土ができあがりました。
「じきはらこどもクリニック」での勤務は、湯川先生ご自身の開業を意識してのトレーニング期間という意味もあったのでしょうか。
入職した段階で自院開業の考えはまったくなくて、クリニックの医師採用に応募して、面接いただいた直原廣明先生(医療法人廣仁会理事長)からは、赤字にならなければ自由にやっていいという寛大なご配慮をいただきました。もちろん利益は出してきましたが、いろいろな取り組みにチャレンジさせていただきました。ところが、産後ケアや赤ちゃんの発育などやりたいことが多すぎて、物理的にスペースが足りませんでした。診察時間をギリギリまで延ばすなどしていたのですが、経営のベースはあくまでも一般的な小児科医療ですから、スタッフには他のクリニックのような午前診療後の長い休憩などなく長時間働きづくめの状態となっていました。それでも私には診療の理想像を追いかけることが勝ったのが開業へ向かった動機です。風邪などの一般的な小児科の診療は他院にお任せし、自分のやりたいことだけをやってみようと考えました。「じきはらこどもクリニック」には10年、20年と長期にお世話になりたいとの思いで入職しましたし、私の診療方針をすべて受け入れていただけた直原先生には感謝と悔悟の思いです。
2020年は多くのクリニックが新型コロナ感染症感染拡大の影響を受けました。とりわけ、耳鼻科、小児科など子どもを対象患者の中心とするクリニックでの売り上げ減少が顕著でした。開業はコロナ以前から計画されていたとはいえ、不安も大きかったのではないですか。
もちろん不安だらけでした(笑)。ただ、ホームページにも掲載していますが、基本的に風邪の子どもを診ないという基本方針において、そういう認識にたった来院者に向けた衛生管理・感染症管理、安全対策にはかなり気を遣っています。たとえば、ジアイーノによる空気清浄と環境消毒や光触媒による脱臭消毒、この部屋(グループセラピー室)の床のカーペットも抗菌・抗ウィルス仕様になっています。当院の診療スタイルは患者さん一人あたりの時間がどうしても長なりますので、検温を実施したのちに、各自消毒済みフェイスシールドを装着いただくなど来院者の協力もお願いしています。感染リスクを最小化することで、予防接種も高い安心感をもって受けていただけると思っています。
受付・待合室から先は靴を脱いで室内に入るスタイルですが、カーペットの部屋やフローリングの部屋など清潔さが保たれていて、お子さんが床に直接座ってくつろいだ雰囲気でカウンセリングなどを受ける姿が目に浮かびそうです。
荷物を持ったままのお母さま方がお子様を抱きかかえて受診するのはなかなか大変です。当院では赤ちゃんがどこでもハイハイできる室内環境を意識しましたし、お母さま方の目の行き届く範囲で子どもが自由に動き、両手が自由になるというのは気持ちのうえでも大きいと思っています。
先生のご提供する医療における最大の強みはなんでしょうか。
いっぱいあるのですが(笑)、先ほどからも触れているとおり、他の小児科クリニックではあまり扱わない領域を診療の中心に置くことです。私一人の力でできることには限度がありますが、多職種の専門家が連携してかかわれることで、子どもに関するお母さま方の相談により掘り下げた対応ができていると感じています。
今回、地域の方々をお招きしての告知イベントは新型コロナの影響もあって断念しましたが、周辺の医師や保健士さんなどの関係者に限定したやや専門性の高い内覧会を実施しました。そこであったのが、2歳になっても固形の食事をあまり摂取せず、母乳ばかり飲んでいるという子どもの相談でした。かかりつけの先生では埒が明かないということで引き受けましたが、当院では主に言語聴覚士と管理栄養士が担当しました。やったことといえば、お子さんの散漫になりがちな注意を食事に向けさせ興味をもたせることと、管理栄養士は口腔機能や好みを考慮して食べられるものを作るということです。食事中も言語聴覚士が横で丁寧に指導しながら食事への集中を切らせませんでした。それを3回くらい続けたでしょうか。「けっこう食べますね」と私がいうと、お母さまも嬉しそうに「そうですね。食べますね」と。子どもの発育を診るということの一例です。
子どもの「疾患」に対応しつつ、一方で「発育」領域も診ていくということでしょうか。
医療サービス分野としては、そこに「産後ケア」も加わった3本柱といえます。特にNICUの医者としては産後のお母さんと赤ちゃんの適切なケアをワンストップで受け入れたいと考えて開業しましたし、そのためのプロのスタッフも揃えました。たとえば、産後の便秘や肌荒れといったお母さん方の悩みがあるでしょうし、首が座らない、ハイハイが上手にできないなどの相談に対して、それぞれ専門的に学んできたスタッフが直接対応する場でありたいと考えています。発達障害など症状が明らかではないお母さん方の漠然とした不安についても、その端緒を持ち込んでいただければ、臨床心理士がゆっくりと時間をかけて心を解きほぐすことで問題を解決していきます。診断名をズバッと突き付けたところで何の役にも立ちません。お母さん自身の意識を育てていく、不安を少しずつクリアにしていくのがここの仕事ではないかと思っています。
先生のNICUでの勤務経験は、どういう面で活かされていますか。。
最大限に発揮されるのは在宅・往診です。現在、前職からの引継ぎも含めて11人の往診を行っていますが、呼吸器管理などにおいて、NICUでの手厚い治療環境から、ポツンと在宅に移行された子どもやお母さんたちの不安も共感できます。治療だけに終始せず、日常生活での工夫などのコミュニケーションにおいても経験が活かされていると感じています。
今回、弊社にて開業をサポートさせていただきましたが、日本医業総研についてはウェブで検索されたということですね。。
理想の診療スタイルを実現したいという意味では、直原先生にお世話になる以前にコンサルティング会社を調べたことがありましたが、改めて検索するなかで山下(明宏)さんの名前が目に留まりました。そこで日本医業総研に問い合わせたところ、山下さんご本人が面談してくれて、これは丁度いいやと思って(笑)。
実際に弊社、山下の開業サポートを受けての印象はいかがでしたか。
理想だけを求める夢見がちな私を、「先生、いやいや、そこはちょっと……」と現実路線に引き戻してくれるような……(笑)。でも、一緒になって夢に乗っかるコンサルタントは逆に疑心があって、山下さんは事業性とのバランスを上手にコントロールしてくれました。それでも、私の思いを強く言い通したせいか(笑)、理想に近い形での開業ができたと思っています。在宅・往診への対応や、ロケーションのイメージも大事にしたいこともあって限られたエリアでの開業を希望しましたが、それにかなういい物件を紹介いただきました。
今後、クリニックはどういった存在でありたいとお考えですか。
当院は、私のようなNICUを経験した医師が開業するモデルケースでありたいと考えます。風邪のお子さんを毎日何十人と診ることより、お母さん方に寄り添って相談に乗ることが好きなのがNICUの医師です。今後、少子化やさまざまなワクチンの開発が進むことで小児科医の仕事自体も減っていくと思っています。小児科医は病気だけを診るのではなく、子どもの発達や子育て支援のプロでもあることを当院が示すことができたらいいし、かかりつけ小児科のあり方一つではないかと考えています。
PASSOクリニック
院長 湯川知秀 先生
院長プロフィール
横浜市立大学医学部 卒業
横浜南共済病院 小児科
横浜市立大学附属市民総合医療センターNICU
飯塚病院 病棟医長・NICU副室長
じきはらこどもクリニック 院長
2020年9月 PASSOクリニック開設