経営理念の“説得力”
経営理念を立てる目的は院長の考えを浸透させ、行動規範をつくることにある
シンプルで本質的な経営理念を
前号で紹介したT院長が立てられた診療所の経営理念は、「高品質な医療サービスの提供と患者様の利便性追求」というものであった。
一読するとごく平凡な印象を受ける。
しかし、そもそも経営理念とは立てることが最終目的ではない。
最も重要なのは、診療所内部の隅々まで深く浸透させ、すべての職員の行動変容を促すことである。
そのためには、シンプルかつ本質的なものでなければならない。
本質を軽視し、きれいな装飾語など表面的な見え方だけを考えていたのでは、いつかメッキが剥がれ落ち、
環境の変化に簡単に流されてしまう。
そして、その本質を担っていくのが「人」であることはいうまでもない。
経営者である院長の仕事の半分は、自らが経営理念にうたう「本質」の具現化へ向けて率先垂範し、
全スタッフにその考え方を浸透させ、実践させることなのである。
全員のベクトルが一致した瞬間
T院長は開業前の早い段階から冒頭で紹介した経営理念を考えられ、開業地の選定や内装、導入する医療機器に至るまで、
ひたすら「経営理念の実現」にこだわり準備を進められた。
開業コンサルタントとして携わった私にとって最も印象深かったのは、開業後もスタッフの指導を依頼されたことである。
相談の結果、患者様に対する対応や院内サービスを改善し充実させていくコンサルティングをお受けすることになった。
月に1回、全スタッフを集めたミーティングを開催し、現場主導で問題点の洗い出しと改善策への取り組みを行っている。
そのミーティングのなかで、経営理念の大切さを痛感した場面があったので紹介したい。
来院患者数の増加につれ、患者様から待ち時間に対する不満がしばしば受付スタッフにぶつけられるようになり、
その対策について話し合っていた時のこと。
スタッフの1人から診療時間をもっと短くできないかとの意見が出た。
それに対しT院長は、自院の経営理念、特に「高品質な医療サービスの提供」の意味合いについて、
行列のできる飲食店になぞらえて説明をし始めた。
人気店は往々にして待ち時間が長くなってしまうという例えである。
そして、「医療サービスの質を高める」ことは診療時間を短くし待ち時間対策に充てることではない。
待ち時間への不満に対しては、診療補助や予約システムの見直しなどを行い、診察時間以外の部分の効率化を図る工夫をするべきだ、
とスタッフに語ったのである。この話をきっかけに、スタッフの話し合いの方向性は大きく変わった。
スタッフ全員の経営理念に対する理解が深まり、ベクトルが一致した瞬間といえる。
経営理念は診療所の本質的なあり方を定義するものであり、そこで働く人たちの行動を定義するものでもあることを改めて確認でき、
私にとっても感動の瞬間であった。
植村智之 うえむら・ともゆき
株式会社日本医業総研東京本社シニアマネジャー。過去300件の医院開業を成功に導いた同社の創業メンバー。
自身も50件以上の開業に関与し、そのすべてが軌道に乗っている。スタッフのモチベーションアップ研修、労務トラブル解決対策などに定評がある