事業承継開業が注目される背景
クリニック開業を目指す先生の数には大幅な増減はなく、常に一定数の開業予備軍が控えています。
また、外来機能分化と地域連携、地域包括ケアにおけるゲートキーパーなど、クリニックに期待される役割は地域住人の暮らしに直結するだけに、さらに重要性が増すものと思われます。
しかし、クリニックの総数が10万件を超えた現在、かつてのような右肩上がりで施設数が増加しているかというと、まったく逆を示すデータがあります。個別に見ていくと、純増しているのは東京都、神奈川県ほかごく一部にとどまり、多くは純減していることが分かります。大都市機能と多くの人口を抱く大阪府ですら減少に転じているのです。
この純減の最大の理由は、院長の高齢化と後継者の不在だと考えられます。クリニックの適正な施設数についての公的な見解はありませんが、都市部への偏在は確実に地方医療の弱体化を招きます。
日本医業総研では、医学情報新聞を発行するメディカルトリビューンとのアライアンスの下で、クリニック事業承継のマッチングと、承継にかかわる実務・支援を行っています。エリアや規模を限定せず、全国の事業承継をサポートしておりますが、地方からの相談を受ける都度感じるのが、地域医療をゼロから構築された現院長の思いです。そこにおける承継は、単なる事業の譲渡ではなく、「患者を守らなければならない」「地方の医療を衰退させてはならない」ことへの切実な願いです。私どもの仕事の大義もそこにあります。
先生やご家族のライフプランの実現において、都市部での開業を希望されるのは当然のことと思われますが、一方で厳しい開業環境を考慮し、一定の患者さんを引き継ぐことでリスクを軽減できる事業承継開業を望まれる先生も確実に増えています。これもクリニック偏在の結果といえます。また、新規開業の相談をいただいた先生が、希望する諸条件について検討を重ねた結果、「事業承継」に方針を切り替えるケースも少なからずあります。
地域医療インフラ、患者、従業員……、引き継ぐのはすべて事業の資源
事業承継での開業リスクの軽減といっても、初期費用の比較を指すものではありません。現在、好立地で一般的な内科クリニックをテナント開業しようとすると、運転資金も含め6千万円前後の資金を必要としますが、事業継承のなかには、承継にかかる営業権が優に1億円を超す案件もあります。
つまり、承継する資産はクリニックの器だけではなく、地域で築いた医療インフラと信用、確実な患者数、地域での顔が見え、かつ仕事に慣れたスタッフといった「経営資源」「人的資本」ということがいえます。新規開業における最初のハードルは、事業の黒字化です。多くの場合、約1年かけて黒字化する事業スキームを組みますが、承継の場合、原則として黒字事業を引き継ぎますから、スタートラインが大きく違うわけです。ただし、事業の成長性に目を向けた場合、新規開業の方が可能性という意味では広がりが期待できるということがいえます。
「Scrap & Build」から「Inherit & Anew」へ
一部を除いて、事業承継案件の施設の老朽化は否めません。なかには、「昭和」を思い出させるような造りのクリニックもあります。開業から数十年の間には、周囲に競合クリニックも開設されています。それでも、1日の患者数を落とさず、一定数が維持されていることが院長の尽力と地域からの信用です。
患者さんは必ずしも新しさを求めているのではなく、安心感を最優先するのでしょう。ですから、私どものコンサルでは、承継された先生に「まずは、前院長のスタイルのコピーから始めてください」とアドバイスしています。そこで大切なのが、承継の際の引継ぎ期間です。
今年、都内で在宅にも対応している内科クリニックを承継された新院長は、「引継ぎは久しぶりに指導医からの臨床研修を受けたような気分だ」と笑っておられましたが、直前まで大学病院で勤務されてきた先生でも、「患者さんから地域医療を学ぶ」ことを重視されていました。当クリニックは承継後も患者数を減らすことなく順調に運営されています。新院長が、本来の強みと個性、高い専門性を発揮されるのは、院長交代がスムーズに進み、患者さんとの信頼関係を固めてからというようにアドバイスさせていただいていますが、このクリニックの場合、おそらく半年もかからないのではないかと思っています。老朽化した内装の手直しは、それからでも遅くはありません。
「Scrap & Build」から「Inherit & Anew」へ、承継と新たな挑戦も、開業の一つの選択肢として考えてみたいものです。
~株式会社日本医業総研 発行物 2ndStage Vol.12 CONSULTING EYE コンサルティングの視点 より~
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