事業承継における院長間の引継ぎ業務と、既存スタッフの人事処遇

 

「完全コピー!?」から始める院長間の引継ぎ業務

 事業承継開業の最大のメリットは地域の信用と既存患者さんを引き継ぐことで、立ち上がりから安定した収益が見込まれることです。ですから、承継時の注意点は、いかに患者さんの違和感を取り除き、離脱を防ぐかということになります。

 院長の交代については待合室への告知掲示や、一定期間を設け二人体制で診察を行い患者さんへ直接引継ぎ挨拶をすることなどがあります。切れ目のないスムーズな承継の基本だとお考え下さい。

 患者さんの家族構成や生活背景などカルテに記載されていない情報も重要ですから、お二人での診察は診療方針の確認だけでなく、診察中のコミュニケーションのなかから得られる情報にこそ有意な承継ポイントがあります。

 二人体制での注意点としては、承継前は新院長が、承継後は前院長が非常勤となることで、それぞれに相応の対価が発生することになります。特に義務付けられている事柄ではありませんが、時給単価やシフト、交通費等の扱いについて両者での事前の確認が必要になります。

 院長間の引継ぎで私どもが新院長にアドバイスしているのは、まずは前院長の完全コピーから始めましょうということです。かつて私が担当した承継開業では、診察デスクに置かれた小物まで前院長から引き継いだままという徹底ぶりでした。患者さんの違和感・戸惑いをなくすこと、これが最優先課題です。患者さんには1日も早く新院長を認めていただき、そこから徐々にご自身のカラーを出していくようにしてください。

 対外的には、医師会への挨拶、連携先病院等にもお二人で挨拶にうかがうようにするといいでしょう。これも地域での大切な引継ぎです。

 

 

個人経営と医療法人で異なるスタッフの雇用

 院長間の引継ぎと同様に大切なのは、既存スタッフの扱いです。

 前提のルールとして、継続雇用の如何を問わず、個人経営の場合は、現経営者の廃止と後継者の開始という手続きを踏むことになり、廃止に合わせてスタッフ全員が一旦解職となります。一方医療法人の場合は、労働契約承継法によって労働者の利益が保護されていますので、院長(理事長)の交替は解職理由にはなりません。個人経営と違い、スタッフは法人と労働契約を交わしているわけです。

 

スタッフ雇用状況に関する事前確認

 クリニックの日常業務に慣れ、地域や患者さんのことも熟知するスタッフは新院長には心強い存在ですから、承継後も継続勤務が望まれます。しかし、現院長からスタッフの適性を聞くことはできても、主観的な評価が交じると正確さが失われます。また、新院長自身にも理想とするスタッフ像があるはずです。

 そこで、新院長による全スタッフとの個別面談を行うことになりますが、事前に以下の項目について確認が必要です。

 ①労働契約の有無

 ②就業規則の有無とスタッフへの周知

 ③給与規定の有無とスタッフへの周知

 開業の古いクリニックなどのなかには、この3点が整備されていない、あるいは作成はしたものの有名無実化し、正しく運用されていないといったケースがままあり、労使間のトラブルが生じた場合には経営者責任が強く問われることになります。

 また、退職金制度を導入している場合には、承継までの退職金給付引当金が正しく計上されているか、定年退職制度がある場合の定年後再雇用制度等についても確認が必要となります。

 

事業承継の3カ月前には実施したい、全スタッフとの個別面談

 個別面談はスタッフの雇用にかかわる問題点を抽出し修正することのできる数少ない機会です。

 パート雇用が多いというクリニックの性格上、開業から承継までの期間にスタッフが何度も入れ替わっていることが普通です。欠員を補うたびに、個別の事情に配慮した労働体系や給与での採用が行われてきた場合などフェアなルールが運用されていないことも考えられます。また、現状の就業規則が、最新の労基法の要件を満たしていない可能性もありますので、関連法規を遵守した、全スタッフにフェアな就業規則等を作成し共有しなければなりません。但し、法的に労働条件をスタッフに不利益に変更することは限定された場合にのみ認められるとされていますので、院長都合の安易な条件切り下げはできません。勤務歴10年以上の功労者などは時給が上昇していることも考えられます。悩ましい問題ですが、必要な人材に対しては柔軟な対応で妥協点を見出すことも必要になります。

 当面の間、基本的な診療方針を踏襲する場合でも、新院長なりのクリニックの成長戦略や将来像を描かれているはずです。個別面談では、現在の就業状態や入職からの経緯を確認したうえで、新たなルールや理念に基づく望ましい人材像を説明し、十分な協議による個別的合意のうえで新たな労働契約を締結するようにしてください。

 個別面談の結果、条件の折り合いがつかない場合、個人経営で一部のスタッフの適性に問題があり再雇用を結ばない場合など欠員が出るケースも考えられます。承継の3カ月前の面談実施は、欠員を埋める採用の期間を想定したものだということです。

 

 

 

電子カルテ導入に伴うスタッフ業務

 クリニックによっては紙カルテを使用し、診療報酬のみ電子レセプト請求を行っていたり、院長の65歳以上免除措置によって手書き明細による請求を行っているというケースもあります。新院長は電子カルテで業務を管理することになりますから、承継(新院長一診体制)時から全スタッフが操作方法を習得する必要があります。

 そこで、承継の1カ月前を目安に電子カルテ端末を設置し、昼休みの時間帯などを利用して操作研修を行います。既存紙カルテの電子化作業も、通院患者さんや再初診患者さんから始めると効率的です。

 

 

~株式会社日本医業総研 発行物 2ndStage Vol.8 CONSULTING EYE コンサルティングの視点 より~

 

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