院長のためのクリニック労務 Q&A
~年次有給休暇編3~
Q:スタッフが1人休むと業務が回らない!そんなときでも有休を与えなければならないのか?
A:業務の正常な運営を妨げる場合には、取得時季をずらすことができます。
使用者に認められる時季変更権とは
原則として、有休は労働者の請求した日に与えなければなりません。(労基法第39条第4項)。ただし、事業の正常な運営を妨げる場合、使用者は有休の時季を変更させることができます。この使用者の権利を時季変更権といいます。
これは、あくまでも取得日を他の日にずらす権利があるだけであり、有休を取り消す権利は認められていません。
事業の正常な運営を妨げる場合とは
事業の正常な運営を妨げる場合とは、当日の始業開始間際に請求があった場合や代替要員が確保できない場合などを指します(電電公社此花電話局事件 最判昭57.3.18、弘前電報電話局事件 最判昭62.7.10)。日常的に業務が忙しい場合や慢性的な人手不足では、この要件は満たされないと考えておく必要があります。
仮に、特定の日に有休の申請が複数人重なり、インフルエンザの流行や花粉症の時期などで患者さんが多く来院することが予想され、有休を取得されるとクリニックを休診しなければならない状況であれば、時季変更権は行使できると考えられます。しかし、そこまでの緊急性はないことが多いため、現実的には取得日の変更を交渉したり、他のスタッフにお願いしたりしているのが実態です。
ただし、事業の正常な運営を妨げる場合と判断されても、次の場合は時季変更権を行使できないのでご注意ください。
①有給休暇が時効で消滅する場合
②退職・解雇予定日までの期間を上回る有給休暇を有しており、時季変更することが不可能な場合
③事業廃止により時季変更権を行使すると、有給消化期間がなくなってしまう場合
④計画的付与により、時季が指定されている場合
⑤時季変更権行使により、産後休業・育児休業の期間と重なる場合
また、長期で連続して有休を取得するに当たっては、スタッフにも事前に事業所と調整を行うことが求められます。事前の相談もなく、長期の有休を請求してきた場合には、時季変更権の行使がより認められやすくなります(時事通信社長期休暇事件 最判平4.6.23)。
有休の取得理由によって時季変更を判断することはできない
有休の利用目的については、最高裁の判決によると「年次休暇の利用目的は労基法の関知しないところであり、休暇をどのように利用するかは、使用者の干渉を許さない労働者の自由である」とされています。つまり、原則として有休をどのような目的で使うかは本人の自由であるということです。
ただし、全員一斉に同じ日に有休を申請してくるなど実質のストライキの場合や、特定の業務を拒否するための有休の申請は認められないと判断されています(道立夕張南高校事件 最判昭61.12.18、日本交通事件 東京高判平11.4.20)。
つまり、有休の取得目的を聞くこと自体は特に違法ではありませんが、事業の正常な運営を妨げないような場合に、取得理由によってむやみに時季変更権を行使することはできません。
とはいえ、「法事やお見舞いなどの理由で有休を申請してきている場合は、特段理由のない場合よりも希望を尊重してあげたい」など、取得理由を把握しておきたい事情もあることと思われます。従って、有休申請の申請フォームを整え、そこに理由を書いてもらう欄を設けておくと強制力も弱まり、角も立たないと考えられます(資料1参照)。
資料1 有給休暇申請フォームの例
まとめ
1.原則として、有休は労働者の請求した日に与えなければならないが、事業の正常な運営を妨げる場合、使用者は有休の時季を変更させることができる。
2.事業の正常な運営を妨げる場合と判断されても、時季変更権を行使できない場合があるので注意が必要。
3.取得理由によって、むやみに時季変更権を行使することは避けなければならないが、取得理由を確認すること自体は違法ではない。
書籍「院長のためのクリニック労務Q&A」(小社刊)より
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