先生のご実家は、水戸の産婦人科だったと伺っています。岩間先生が後期研修で産科・女性診療科を選ばれたのも、いずれ家業を継承されることを視野に入れていたのではないですか。
実家は平安時代から続く医者の家系で、空海と弟子の最澄が遣唐使に乗り込んで入唐し、長安から持ち帰った漢方薬を当家の祖先が現在の水戸の地に広めたと聞いています。脈々と継がれた家系を絶やすわけにはいかないと、父と同じ医局の産婦人科に進んだわけですが、大学が水戸の関連病院から医師を引き上げる事態が生じたことで地元の産婦人科が混乱し、先行きが不透明になりました。父からの助言もあって転科を決意しました。
数ある診療科のなかから「リハビリテーション科」を選ばれた理由は何でしょうか。
まず、産科医療の専門性・特殊性から他の診療科とのかかわりが少なく、私自身内科の管理などの経験がありませんし、外科領域でも子宮・卵管・卵巣以外の臓器に触れることはありません。産婦人科を6~7年勤めた後のゼロからの再出発のようなものですから転科には恐怖心が先にありました。
そのなかからリハビリテーション科を選んだ一番の理由は、高齢化に伴いリハビリテーション医学・医療の必要性が急激に高まっているからです。ところが、それを十分に提供できる医療機関が限られており、しかも約2,000人に過ぎないリハビリ専門医の数では需要の増加に対して圧倒的に不足しています。
需要の増加には、医療の高度化に伴いリハビリを必要とする疾患や障害が多様化している側面もあります。かつてリハビリの中心だった四肢や脊髄の障害・損傷などに加え、運動器障害、摂食嚥下障害、脳血管障害などほぼすべての医療領域を横断する医学・医療が対象になってきています。その勉強範囲の広さと量に最初は少し後悔しました(笑)。
外来をもたない、訪問診療専門のクリニックの開業で、医療提供上のこだわりについてお聞かせください。
実現したいことは沢山あります。ただメインテーマとしていえば、「患者さんの身体にキチンと触れてあげる」ということです。先日も下肢の浮腫で通院のできない患者さんを往診しましたが、私が足を持ち上げてリハビリを施したところ大変驚き、喜んでいただけました。今まで足を触って診察してくれた医師はいなかったというのですね。私が往診して見るべきは数値的なデータや画像ではありません。患者さんに触れるというのはリハビリ医療のイロハのイなのですが、この姿勢を大切にする仲間を増やしていきたいと思っています。
サブテーマとしては、医療技術や機器類が進歩し、在宅でも内視鏡検査や血液検査、心電図、レントゲンなど実施可能な検査が増えてきています。ただ、在宅患者さんがそのメリットを享受できているのかは疑問です。折角の高度な技術も、それを患者さん側が受け入れていただけないのでは意味がありません。私もこれから適宜機器を整備しながら提供の機会を増やしていきたいと考えています。
「心越クリニック」という名称にはどんな思いが込められているのでしょうか。
実家の医療法人名が心越会といいます。江戸時代初期に中国から渡来した曹洞宗の禅僧で東皐心越という徳の高い禅師がいて、その心越禅師が祖先と関わりがあったことに由来するようです。祖父からは「心を越えるには相手に心があることを理解しなければならない」のだと教えられ、子どものころからいい名前だと思ってきました。
在宅診療でもっとも大切なのは、患者さん、ご家族との信頼関係、心のつながり様です。まずは対話から始めること。そこから一歩一歩心を通わせ理解を深めていきたいという思いがクリニック名に込められています。
2020年8月1日の開業からまだ1月半ですので経営数値の評価には時期尚早ですが、運営の手応えのようなものは感じられますか。
24時間365日の対応を考慮して自宅から近い大崎で開業しましたが、前職から引き継いだ患者さんはおらず、仕事上の地縁もありません。それでもありがたいことに、現在40人の患者さんに対応しています。もちろん、数はまだまだですが、医業総研の小畑さんから地区医師会の有力者を紹介いただいたほか、現在一緒に勤務いただいている原田先生の協力もあって着実に積み上がっている印象です。
ゼロベースで立ち上げて、患者さんを獲得するのに苦労されたのでは?
STとして入職いただいた関君や、医療事務の沢田さんにも協力してもらい関係機関などを営業で回りましたが、施設によってはけんもほろろというか、いきなり罵倒されたこともありました。なんで私たちがこんな目にあうんだろうと……(笑)。小畑さんからは紹介が出るまで何度でも足を運ぶようにハッパをかけられていましたし、私はリハビリ専門医として、関君は医療技術者として、沢田さんも裏方を支える医療事務の立場から心折れることなく営業活動を続けることができました。先の罵倒された施設も私たちの姿勢を理解していただき、最近患者さんの紹介が入ってきています。
それは、岩間先生とスタッフたちの一体感や目指すベクトルが合っていたということですね。
そういうことですね。一般公募や面接もなしに、知り合いだけに集まってもらい開業したので、意思疎通が容易に図れた面も大きいと感じています。私一人だったらかなり凹んでいたかもしれませんが、結果に結びついたのは、紛れもなく常に明るく前向きの姿勢を貫いた仲間の力によるものです。
治療のアウトカムには患者さんの個別性があると思いますが、疾患の寛解が難しいなかで、基本はQOL、ADLの向上ということでしょうか。事例を交えてご説明ください。
あまりに多すぎて、事例を絞り込むのは難しいのですが、治療のゴールを決めるのは患者さんご本人であり、私は医師の立場で寄り添いサポートしていくものだと思っています。先ほどの下肢の浮腫で苦しまれている患者さんの場合、疾患としては心不全なのですが、ご本人に一番何がしたいのかと聞くと、「三田祭」に行きたいというのです。母校が慶應なんですね。じゃあ自力で階段を上り下りできるようになって三田祭に行こうよ、というゴールが設定されるわけです。
また以前勤務していた病院での経験ですが、大手電機メーカー半導体部門の現役SEとして活躍されてきた方が脳梗塞を患い急性期病棟から転棟されてこられたのですが、リハビリで介入した時点ではベッドから起き上がれず、手足も硬く震えて言葉も十分に発せられない状態でした。じっくりと話をうかがうと、コンピュータに強いのは当然として、ももいろクローバーの佐々木彩夏さんの大ファン(笑)ということでした。治療のゴールは職場復帰と、ももクロのライブに行くこととしました(笑)。ももクロの話はさすがに私にはついていけないので、治療の開始にコンピュータのCPUのしくみについて私の知る限りの話をしたところ、これが患者さんにストレートに響いたようです。椅子にも座れなかった患者さんの目に生気が宿り、30分以上もベッドから起き上がって楽しそうに話を聞いてくれたのです。そこから確実に信頼関係が生まれました。両手杖を使いながらの歩行訓練は患者さんには這いつくばるような気持ちだっただろうと思います。それでも5カ月間の必死のリハビリで身体も述懐も回復されました。リワークプログラムを兼ねて関係スタッフの前で専門分野の半導体の話をパワポ資料をもとに発表いただいたのですが、終了後は拍手喝采でした。現在すでに元の職場に復帰し、一線で活躍されています。ももクロのライブまではわかりませんが(笑)。
患者さんご本人が一番やりたいことをゴールにリハビリを結び付けることで、明らかに効果が高まるわけです。
訪問診療に加えてオンラインも実践されているということですが、具体的にどういうシステムで動かしているのですか。
リハビリ専門医はかなり広域な疾患や症状に対応できますが、それでも難治や経過の芳しくないケースでは、「芸は道によって賢し」の如く、その場で専門医に連絡して手持ちのデバイスから画像などを送信し所見をうかがったうえで適切なアプローチや紹介に導いています。つまり、オンラインで患者さんを診察するのではなく、オンラインデバイスを医療連携のツールとしているわけです。
今回、私ども日本医業総研へは、今年の3月に先生から電話でコンタクトいただいたわけですが、弊社のことはどこでお知りになったのですか。
本のタイトルは忘れましたが、以前に目にした開業マネジメントの記事で数社紹介されていたなかの、最初に掲載されていて、医業総研の社名を記憶していました。コンサル会社はセミナーなどで顧客を獲得されるのが定石なのでしょうが、新型コロナウイルス感染症の拡大で対面する機会が減り、逆にこんな時期こそ企業の体制が表れるのではないかと直接電話してみました。そのときの顔の見えないなかでの対応が本当に良く、ここならサポートをお任せできると思いました。
なるほど、まず医業総研を試してやろうと(笑)。
あっ、いやいや……、そんなことはありませんが(笑)、新型コロナの短・中期的な将来予測を立てたとき、むしろ在宅クリニックを立ち上げるチャンスではないかと考えて相談したまでのことです。最短で準備し夏には開業したいという私の考えに丁寧に対応してくれました。
今回の開業では、弊社の小畑吉弘と鈴木智行が先生のサポートを担当させていただきました。コンサル内容の納得感などについて忌憚のないご意見をお聞かせいただけますか。
追従なしにとても満足しています。3月の初回面談で8月の開業というタイトなスケジュールでしたが、準備中のさまざまな疑問や相談に鈴木さんがレスポンスよく対応してくれましたし、煩雑な手続き関係でも痒い所に手が届くサポートをしていただきました。開業後の経営は同社グループの税理士法人に引き継がれましたが、鈴木さんにはマメにアフターフォローをしていただいています。
前職の「ひのわクリニック鶴見」での経験も含め、在宅医としてのやりがいとは何でしょうか。
外来には外来の面白さが当然ありますが、在宅では、外来では想像の域でしかない患者さんの生活背景そのものを見ることができます。若いころに社交ダンスが好きだったおばあちゃんの自宅には、往時の素敵なドレスを纏った姿の写真が飾られていて、そこに話題を向けると一緒に踊ろうと車椅子から立ち上がって手をとってくるのです。私が向き合っているのは、疾患以前に人そのものなんです。そこから、一番いい治療方針をご家族を含め考えていく、そこに医療の原点が見えるような気がします。
心越クリニック
院長 岩間洋亮 先生
院長プロフィール
2006年 川崎医科大学 卒業
2006年 日本医科大学付属病院 研修医(外科・内科・救命救急・地域医療)
2008年 東京大学医学部附属病院 後期研修医(産科・女性診療科)
国立国際医療研究センター病院
東京警察病院
2011年 東京衛生病院
東京リバーサイド病院
花と森東京病院
2014年 戸田中央リハビリテーション病院
西大宮病院
2019年 ひのわクリニック鶴見 院長
2020年 心越クリニック 開設